日本人に欠けているもの 自らが国の将来決める「覚悟」を

日本人に欠けているもの 自らが国の将来決める「覚悟」を

今、日本に一番欠けているものは、「覚悟」だと私は思っている。世界はもちろんのこと、国内でも、生きてきた時代の違いから、人々の意識や思考に大きな変化がみられる。技術の進歩によって、生活のスタイルも大きく変わった。社会の中で意思決定の中心にいる世代と、これから世界競争の中で日本をリードしていかなければならない世代とでは2世代ほどの時代の乖離(かいり)があるというのが私の実感だ。いわゆる“古い”感覚によって、これからの世代、つまり30代、20代、10代の若者たちをつぶすようなことがあってはいけないのだが、若い世代も、自分たちの人生をいかに生きるかということ、どんなことで世の中に貢献できるのかということに対して、もっと深い思考が必要であり、単に、若い世代を好き放題させていればよいということではない。

つまり、両者とも、「自分」のため「今」だけのために時間を費やすような毎日ではなく、自分の持つエネルギーをどのように使うのかということを常に考えながら生きる毎日でなくてはならないのである。与えられた命を無駄にしない、その「覚悟」が必要であるのだ。

今年は、天皇陛下の御代替わりにより、令和という新しい時代が始まった。天皇陛下のご即位に関わる儀式が執り行われる度に、国民の熱狂は高まった。また、天皇陛下が即位され初めての国賓として、同盟関係にある米国のトランプ大統領が来日した。秋には、日本で初めてとなるラグビーワールドカップが開催された。体形的、体力的に日本はなかなか強くなれないと思われてきたが、決勝トーナメントに進出。その直後には天皇陛下の即位パレードが行われ、セキュリティーチェックが間に合わないほどの人々が沿道に駆け付けた。野球の国際大会「プレミア12」では、日本は初優勝を飾った。ローマ教皇フランシスコの来日では、東京ドームでのミサに5万人が参列した。

今年を振り返ってみると、大きなイベントごとに、日本中が熱狂していた。喜びや感動をストレートに表現し、うれしいこと、楽しいことを思いっきり堪能する。人生で大事なことだ。先日、アメリカ人の知人から、「去年の12月、日本に行ってびっくりしたの。日本人があんなにクリスマスをお祝いしているなんて」と言われた。以前から、日本人は、クリスマスが大好きだが、最近ではハロウィーンでも大騒ぎし、新年の初詣も大行列、さらに多くの日本の家庭ではお葬式は仏式で行う、宗教のミックス具合はエスカレートする一方だ。

このところの日本人の、何かにつけ熱狂する姿を見ていると、喜んだり楽しんだりしていることに水を差すわけではないが、あまりに浅はかではないかと思わずにいられない。「熱狂して、終わり」であるからだ。「今だけ」「自分だけ」の楽しみに終始し、「皇位継承の問題は」「日米安保の問題は」「核廃絶の問題は」ということには、自分たちの国にかかわることであるにも関わらず、一人一人が熟考することはない。「それは、いつかどこかで、誰かが」と考えているからに他ならないのだが、それがあまりに顕著であるのだ。いろいろな社会を見ても、「自分たちが何とかする」という責任感を持ち合わせている人があまりに少ないのである。要は、「覚悟」を決められないのである。私たちの国の将来は、今を生きる全ての人たちの「覚悟」によって決まることを、肝に銘じるべきだ。

フジ・ビジネス・アイ「高論卓説」(2019年11月28日掲載)

 

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