国会を眺めて六十年

「市政」2004年3月号所収

(一)
わが国の国会が衆議院、参議院の二院制で出発して今年で五十七年目になる。ちなみに戦前は衆議院と貴族院の二院性であった。連合軍は、この二院制を改め、一院制を考えていたが、当時の日本政府は、二院制を主張し、連合軍最高司令部が日本の主張を取り入れ二院制となった。
半世紀が夢のように過ぎ、いずれ百年目を迎えるであろう。この五十七年間、私は新聞記者として、あるいは、評論家として国会を長い間見てきた。「乱闘国会」あり、「徹夜国会」あり、暴力、罵声が飛び交い、〝これが日本の国会か〞と憤激したことも多くあった。また、多数党単独審議、少数党の欠席、思えば〝これが民主政治か〞と疑う場面もしばしばあった。一月末開かれた、第百五十九回国会の審議中、現在のイラクについて、「サマワの治安状況は、さほど危険な状況ではない旨、現地から報告を受けている」と政府は答弁した。しかし、「本当にそうだろうか、評議会はもう、存在していないのではないか」との野党側の疑問に対し、政府側の答弁は揺れ動き、国会は大もめになった。その後の徹夜国会、野党の審議拒否。またかと思わせる国会の状態に私は呆れてしまった。今どき、一日休めば、一日収入はなくなる。これが商売をしている人たちの状況である。まぁ、なんとはなしに与野党間の取引があって、国会空白は短期間で済んだが、納税者としては気持ちが治まらない。国会の決定によって、イラクに派遣されている、またこれから派遣される多くの自衛隊員は、一日として休むことができない。それどころか、まかり間違えば命を失う状況にあるのだ。そういうことを考えると、国会議員がやっていることは、「なんたることか」と怒りを覚える。

(二)
昔、こういうことがあった。昭和二十九年・吉田内閣末期のことである。時は六月三日、警察法改正をめぐる与野党の対立は、頂点に達した。与党たる自由党は、野党の隙を突いて採決に向かおうとした。多くの野党の議員は議長席に駆け上がり、堤康次郎衆議院議長の発言を封じ込もうとした。自由党議員は、野党議員を排除しようと、これまた、議長席に突進した。男性議員のもみ合いの中に婦人議員も混じったので、さぁ大変。スカートをまくったとか、おしりを触られたとか、大混乱。その中で、柔道五段の堤議長も、もみくちゃとなるが、命懸けでマイクを掴み、「本案は、賛成多数により可決いたしました」と絶叫。乱闘している連中には、その言葉は聞こえていなかったと思う。当時、私は、毎日新聞の政治記者として、記者席から眺めていたが「いい年をした男女が何をしているのかなぁ」と思うと同時に、「民主政治とはこんなものか。もっと冷静に議論できないのか」と密かに嘆いたものである。その一方で、「火事と喧嘩は江戸の花」という、他人同士の喧嘩を見ることほど、面白いものはない。まさに、そういう心境であった。呆れてものが言えなかった。敗戦後、九年目の出来事であった。
当時の政党は自由党、改進党、左派社会党、右派社会党が主たる政党で、他に共産党など二、三の政党が散在していた。新聞は一斉に国会の無様な様子を糾弾した。与党は警察法改正案を参議院に送付。野党は議決無効と与野党の対立は一向に解けず、国会は不正常のまま、一日一日と暮れていった。ようやく十五日になって、状況は収まり、堤康次郎議長を座長とし、改進党の長老・松村謙三氏を司会者、改進党の代表として、松村氏の弟子・竹山祐太郎氏、左派社会党・和田博雄氏、右派社会党・浅沼稲次郎の三代議士が松村氏の挨拶と堤議長の「もう、こんな無様なことはいたしません。許してください」とのお詫びの弁に賛成の演説をして、国会を正常化した。国会の状態をみると、人間の反省や進歩は遅々たるものであるなあと感ぜざるを得ない。

(三)
どうしてこういう無様なことが起きるのか。アメリカの国会と同一視することはできないが、乱闘や多数の横暴、少数者の非論理的な抵抗は見られない。イギリスも同じであろう。時々、韓国や台湾の国会で乱闘が起こっているが、それはなぜだろうと考えてみると、民主政治、多数決原理がよく理解されず、発展途上にあるとしか考えられない。多数決原理とは、多数意見が正しいからそれに従うのではなく、多数に従うことが正しいということである。
そうすると少数派は常に敗北することになるが、少数派の意見が正しいかどうかは、次の選挙で民意が決めるのである。従って、民意を得れば、少数派は多数派になりうるのである。それには政策を練り、よき候補者を選ばなければならない。
社民党などは、社会が結党されて以来、今日まで一本調子を歩いていたので、夢のようなことばかりが主張している。思考停止と言わざるを得ない。
多数党は小数党の良き意を受入れる余裕を必要とする。少数党は論議を尽くした後、数で物事を決め、たとえ破れても、それを全体の意志として尊重する気持ちが必要である。

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