教育の差が世界での地位決める 「小・中・高・大」全て9月入学に

教育の差が世界での地位決める 「小・中・高・大」全て9月入学に

 

子供がいる家庭にとって9月は、長い夏休みが“ようやく”終わってホッとする時期だ。家族で過ごす夏のイベントの楽しみはあっても、暑さや自宅での3食の支度、どこへ行っても巻き込まれる混雑などは正直、苦しみ以外の何物でもないと思うときもある。加えて、日本の夏休みは年度の途中でもあることから、大量の宿題が出される。これはいまだ桜の咲く季節に入学式を設定している日本特有の事情である。

世界のほとんどの国は、夏休み後に新年度が始まるため(南半球では2月など)、せっかくの長期休暇に宿題が気がかりで思う存分楽しめないなどというのは、ありえない。ましてや、「休み明けにテスト」などという無謀なこともない。長い夏休みも子供たちに、何を学ばせるか、どんなことを身につけさせたいか、そのために大人がやるべきことは何かが明確に、人々に認知された社会があるのだ。

夏休みに大量に出される宿題の問題だけではないが、世界との年度のずれは、日本にとって不利益が大きすぎるという理由で、私は以前から日本も高等教育だけでなく、全ての教育段階で“世界標準”の「9月入学」にすべきであると、さまざまな政治家に訴えてきた。しかし、いまだに誰一人、それを検討しようとさえしない。もっと世界の実情を、特に子供たちが学んでいる現場と、そこで何を身につけているかを知るべきである。日本の子供たちが受けている教育や体験することとの違いが、将来、国力の違いや国際社会におけるプレゼンスの違いに直結するのである。

息子が過ごすアメリカの高校生活を一例に挙げれば、まず驚かされたのは、教師と子供、教師と親の距離が非常に近いということである。アメリカの私立の学校のほとんどは、いくつか種類はあるようだが、ポータルサイトを活用し、例えばわが家のように離れた場所にいる家族にも、瞬時に子供の様子、学校のイベントなどが分かる。毎日の宿題、それがきちんと提出されているか、授業への出欠なども「日々」分かる。

私も毎日それをチェックしているため、病院に行かなければならずに事前に断って欠席した授業が「無断欠席」と表示されていることを息子に伝え、すぐに先生に修正をしてもらったということがあった。各授業の先生とはダイレクトにコンタクトをとることが可能であり、その学校では24時間以内にメールの返信をすることを教師には義務付けられているという。教師と親、生徒の信頼関係は、その対応だけでも高まる。

芸術・音楽の授業が重視されていることも、日本とは全く違う点である。日本でいう「普通科」の高校であるが、出願にもアート作品の提出を義務付けられた。その狙いは、創造性、独創性を重視しているということに尽きるという。

もちろん、全てが万全ではなく、ポータルサイトを利用する上での個人情報の漏洩(ろうえい)の問題などに心配がないわけではない(私の実感としては、アメリカは社会全体として、個人情報の漏洩は避けられないということを前提に、自己責任の下、防衛策を考えているようだ)。

アメリカの教師のほとんどは大学院修了であり、給料も日本の教員より高い。「低学年専門」や「6年生専門」というように、教師自身がスペシャリストを目指す人員配置となっているケースが多いとも聞く。そのような教育環境で育った子供たちと、画一的な古い教育をいまだ変えようとしない学校で育った子供たちのどちらが世界の優位に立つのか。中国はもちろん、東南・中央アジアからのアメリカへの留学生の数は日本の比ではない。

入学時期や夏休みの問題も決して小さな問題ではない。しかしそれに加えもっと根本から考え直す必要がある。

フジ・ビジネス・アイ「高論卓説」(2019年10月2日掲載)

 

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